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ビー球
2

「あなたが新しい店員? 何だかぼーっとしてる子ね。本当に大丈夫なのかしら。」

 女の子は早口で喋りたてました。はるなはいきなりぼーっとしてるだなんて言われて、 少しむっとしたり、びっくりしたりしました。

「・・あの。何か用ですか?」

 はるなが聞くと、女の子が手に持っていたカバンから緑色の紙切れを取り出し、はるな に差し出しました。

「何にも知らないみたいね。私は しょうこ よ。あなたの取引相手よ。あなた名刺は?」

 はるなは言われるままに相手からそのほのかにいい匂いのする名刺を受け取りました。 名刺は思いの他やわらかく、若草色の紙にガラスのように日に光る文字がうつっています。

    

    ガラス商社 営業部部長
        硝 子

 はるなは名刺を持っていなかったので、急いで隅にのけておいた厚紙の裏に、自分の名 前と、お店の名前を書きました。だってしょうこさんが持っているのに、自分だけは持っ ていないなんて恥ずかしく思えたからです。

「はい。あたしは はるな。吉村文房具の、ビー球部部長。」

 しょうこはその出来立ての名刺を受け取ると、ふぅんと言ってバックの中にしまいこみ ました。何か言われるかなと思っていたけど、はるなも、しょうこの名刺を持ってきてい た自由帳にはさみました。

「いいわ、じゃぁはるな、さっそくだけど、注文を聞こうかしら?」


「注文? 注文って、なんの?」

 しょうこは怒ったように言いました。

「なに?せっかく私が出向いたというのに、そうやってしらばっくれるの?どういうこと?」

 はるなは少し怖くなったので、慌ててしょうこをなだめました。

「ちゃうちゃう、別になんも怒らせようなんて思ってないけど。ただあたし、まだはじめ てやから、ようわからんねん。だから・・・」

 それを聞くと、しょうこは仕方ないという風にはるなに言いました。

「あなたビー球部部長なんでしょう?ビー球の注文をうけるのよ。他にどうしろっていうの?」

 あぁそうだったのか。はるなはようやく分かってきました。ここにあるビー球は、どう やらこのしょうこという子から買ってようです。

「じゃぁどんなビー球を作ってくれんの?」

「なんでも。なんでも作ってあげられるわよ」

「なんでも? ほんまにどんなんでもええの?」 「しつこいわねぇ。いいって言ってるでしょう。」

 はるなはまた少し緊張してきました。どんな注文をしたらいいのだろう。何でもつくれ るなら、大きなビー球とか、小さなビー球とか。はるなは少し悩みました。でも窓の外を ちらっと見て、言いました。

「ほんならこの透明なビー球。こん中に、桜の花びらを入れたやつ作ってよ。」

 はるなは思い切って頼んでみました。しょうこは少し黙ると、はるなに言いました。

 

「いいよ。」 「わぁっ」



 しかしはるなが喜んだのをみて、しょうこはいじわるく笑いました。

「でも高いよ」

 はるなはびくんとなって、黙ってしまいました。高いって。お金かかるってこと?

「お金かかるの?」 「あたりまえでしょ」

 はるなは唇をかみ締めました。

「いくらぐらい? あたしお小遣いとかあんまもらわへんし・・・」

「五千円ぐらいかなぁ」

 

 はるなはぎょぎょっとしました。五千円といったらそれはそれはもう大金です。そんな お金をはるなはもっていませんでしたし、お母さんもきっとだめっていうでしょう。おば あちゃんなら? おばあちゃんの店の手伝いですし。

 でもはるなはやめました。いつかお母さんが、おばあちゃんはあんまりお金持ちじゃな いから、おねだりとかはしてはいけないと、はるなに言ったことがあります。

 おばあちゃんの店を手伝うはずなのに、おばあちゃんに迷惑をかけては大変です。

「もうちょっと安してよ。」

 はるなはしょうこに頼んでみました。するとしょうこはいいました。

「だめよ。私に作ってもらうんだから、手数料よ。わざわざ来てあげてるんだし。」

「じゃぁあたしが作るから、作り方教えてよ。それやったら安なるやろ?」

 しょうこは口をゆがめました。そして言いました。

「作るっていっても、あなた何にも道具をもってないじゃない。」

 はるなは考えました。透明なビー球はここにあるから、ちょっとなら使っても大丈夫で しょう。桜の花びらは、通りの向こうにたくさんあります。それなら足りないのはあと一 つ。

「どないして桜の花びらをビー球の中に入れるの?」

 しょうこは勝ち誇ったように笑いました。

「知らないんでしょ。ビー球を作るときから入れるのよ。あなたにはビー球なんて作れな いでしょ。早くお金を払って。そうしたら私が作ってあげる。」

 はるなはがっかりしました。そうしてしょうこの笑い声にむかっときました。はるなが 何も知らないのをいいことに、もしかしたら高くお金を取るつもりかも知れません。いつ か、算数の勉強をいやがったあきらくんに、先生がお話しをしたことがあります。主人公 は算数が出来なかったばっかりに、とても損をしてしまうのです。

「しょうこは作れるんやろ。そしたらあたしにだってできるよ。しょうこだって、ビー球 を始めから作るなんてできへんねやろ。どうせ、家の人に作ってもらうんや。ズル子やズ ル子」

 しょうこはそれを聞いて、怒ったようです。それでも顔をゆがめて笑うと、はるなに言 いました。

「私はビー球を作ることはできないけど、ビー球の中に何でも入れられるわ。そういう道 具を持っているのよ。ほら」

 そうして、カバンの中から砂時計のようなものを取り出しました。それとコルクの蓋が 二つ。しかしそれはよく見ると砂時計ではありません。砂時計の上と下を取ってしまって< いるようです。これでは砂をためることはできません。蓋をしなくてはいけません。

 

「どうするの」 「こうやって・・・・」

 しょうこは得意げにはるなの手から透明なビー球を取ると、それをさっきの砂時計のよ うなものの中に入れて、コルクの蓋をしました。

「桜だったら」

 そう言ってカバンから今度は桜の花びらを取り出します。しょうこのバックには一体何 が入っているんだろう。はるなはしょうこの手とバックをかわるがわる見ました。

「ここに入れておくのよ。」

 そう言ってしょうこは、桜の花びらをもう片方に入れて蓋をします。

 

「あとは待つの」

 

 しょうこは、ビー球を入れた方が下になるようにして、その砂時計をショウウィンドウ のふちに置きました。はるなは息を呑んでその砂時計を見つめます。しょうこはそんなは るなの横で、一緒に砂時計を見つめます。

 

「わぁっ」

 



 はるなは見ました。上にあった桜の花びらが見る間にさらさらの砂のようになって、細 いガラスの管を通って下のビー球に降り注いでいくではありませんか!桜色の砂が透明な ビー球にしんしんと降りかかり、それはそれは綺麗です。お日さまもビー球に差し込んで、 砂時計はまぶしく光り輝きます。

「すごい・・・」

 桜の砂はすっかり落ちてしまうと、今度はビー球の中にどんどん吸い込まれていきます。 全部の砂がすっかりビー球の中に入ってしまうと、しょうこはビー球を砂時計から取り出 しました。

 

「見て」

 

 はるながじぃっとビー球を見つめると、中で桜の砂がくるくると回っています。まるで 砂嵐のようです。しかし砂嵐は、やがてゆっくりになり、だんだんと桜の花びらのかたち をとり始めました。そしてすっかり元のような桜の花びらになりました。

 

 はるなの目の前に、桜の花びらが入ったビー球がありました。

 

 

「すごい!」

 はるなはついつい大きな声を出しました。しょうこもはるなの反応が嬉しかったのでし ょう。はるなにビー球を押し付けました。

「でしょう。これならあなたにも桜のビー球は作れるわよ。」

 はるなはこの砂時計がたまらなく欲しくなりました。そこでしょうこに聞きました。

「ビー球を作ってくれんでいいから、あたしにこの砂時計ちょうだい。」 「高いわ」

 

 しょうこはさっと砂時計を隠しました。また!

 

「お願い。それだけくれたら、後はなんにも払わんでええんやろ。そっちの方が安いやろ。 ねぇお願い!」

 はるなはしょうこに一生懸命お願いしました。さっきもうやめようかなどと考えていた ことは、すっかり忘れていました。今は何とかして、この桜入りのビー球を作りたかった のです。しょうこははるなをにらんでから、こう言いました。

「じゃぁこうしましょう。わたしはあなたに、三日以内にこのインビーダマを持ってきて あげる。そこから一週間の間に、あなたは桜入りのビー球を作って、ビー球を売るの。そ れで五千円を払ってちょうだい」

「ちょっと待ってよ。材料は全部こっちで用意するんよ。五千円もせぇへんやろ。」

「手数料よ」 「おかしいやん」

 はるなとしょうこの取引は続きました。はるなは一生懸命でした。長い話し合いのすえ、 ようやくしょうこを言いくるめて、払うお金を三千円にしてもらいました。

 

「ふう。結構やり手だったわね。じゃぁいいわね。三千円よ。手数料こみよ。」

「ええよ。三日以内に、インビーダマな」

 

 しょうこははるなにさよならとすまして言うと、お店から出て行きました。もちろん、 インビーダマをしっかりとカバンの中に入れて。はるなはありがとうございましたという のも忘れて、ドアの向こうの暖かい風が髪をゆらすのを楽しみました。はるなはしょうこ がつくった桜入りのビー球を手の上で転がしましてみました。どんなに見ても、ビー球は とっても綺麗です。これがもうすぐ、はるなの手によってたくさん作られるのです。何て 素敵なことなんでしょう。しょうこが運んできた春風がすっかりお店の空気といっしょく たになってしまうと、はるなはふいにおばあちゃんのことを思い出しました。

 あんなに大きな声でしょうこと話をしていたから、おばあちゃん、何か聞いたのでは・・。 はるなはこっそり棚のすきまからおばあちゃんを見てみました。おばあちゃんは、何事も なかったように、レジの前で本を読んでいました。

 その日のお客さんは、えみちゃんたちと、子供連れのお母さんと、しょうこだけでした。 もっといっぱい来ると思ってた。はるながそうぼやくと、おばあちゃんは優しく笑いまし た。

「そういう日もあんねんで。さぁ、明日からもがんばってや。」

 はるなはお風呂に入った後、お布団の上で今日のことを思い出していました。おばあち ゃんには、しょうこのことは黙っています。もちろん、お母さんやお父さんにも黙ってい ます。だって、勝手にしょうことお金の約束をしてしまって、今になって少し怖くなった からでした。お母さんもお父さんも、お金は大事だから子供が勝手に使ってはいけないと いつも言っていたのです。はるなは、絶対に三千円、ビー球を売ってみせるぞ、と、かた く決心しました。そして、しょうこが作った桜入りのビー球をもう一度手に取ってしげし げと眺めました。あぁ、やっぱりとっても綺麗です。こんなビー球なら、十個で百円は安 い物だと、はるなは思いました。

「よし」

 はるなは、そのビー球を、大切にはるなの内緒の宝箱に入れておきました。中に赤い布 を敷いて、大事に大事にそうっとビー球を寝かせました。ただのビー球だったら、はじい て遊べるものの、そのビー球だけは何ぜだかとても壊れやすそうに見えたのです。はるな はその箱をもとの場所に直して、お月様にお休みを言いました。

 それからのはるなといったら、寝ても覚めてもビー球のことばかり考えていました。学 校から帰ってくると、はるなはすぐにおばあちゃんの店に飛んでいき、いつもの席に座っ てまず宿題を仕上げました。それから、ビー球を入れるためのガラスのお皿を、何とか調 達し、作ったらすぐに売れるように、売り文句も考えて、とびっきり丁寧な文字で値札を つけました。値段は、一個二十円にしました。十個買ってくれたら、百五十円におまけし てあげることにもしました。そうしたら、二十人の人が十個づつビー球を買ってくれると 三千円になります。でも・・。はるなは自由帳の隅っこの数字を計算してみました。たと え三千円売れても、二百個もの桜入りのビー球が必用です。

 

「そんなにたくさん作ったらもったいないなぁ・・・」

 

 はるなはまだまだ考えました。そう思うと、三千円はとても高い金額でした。ビー球に そんな高い値段は付けられません。そこではるなはいいことを思いつきました。売らなければいいのです。

「ビー球百円以上お買い上げの人に、とってもきれいな桜入りのビー球一個プレゼント!」

 

 はるなは嬉しそうに言いました。いつか、商店街のお花屋さんが、こう言ってバラの花 を配っていました。こうすれば、三十人お客さんが来てくれれば、三千円になります。透 明なビー球は一個十円だから、はるなはおばあちゃんに内緒で三百円分のビー球を借りる ことになります。借金です。はるなはきっと後で返そうと、刑事のように言いました。な んだか怪盗になった気分です。

 はるなはまだまだがんばりました。学校の算数の時間も、新しい先生に当てられて、

「一個十五円ですけど、十個で百二十円です。」

 なんて答えてしまうこともありました。先生もみんなも笑ったけど、はるなは何が何だか わかりませんでした。もう恥ずかしくもありませんでした。  おばあちゃんの店では、相変わらずのんびりと時間が流れました。はるながお手伝いを していると聞いて、クラスの友達が時々様子を見にきたりもしました。はるなは宿題をし て、そしてビー球のことを考えました。考えても考えても、考えたりないような気がしま す。それほどまでに、はるなは桜のビー球が綺麗に思えたのです。

 はるなは、もうすぐできる桜入りのビー球のことは、黙っているつもりでした。みんな をびっくりさせたかったのです。

 しかし、ある男の子がはるなのことをからかいました。売れないビー球を売っている、 ビー球売りの少女だと、教室で叫んだのです。

「はるなはかわいそうなビー球売りや!誰か行って買ってきたれや!」

 男の子の声を聞いて、はるなはかちんと来ました。今まであんまり怒ることなんてなか ったのですが、そのときはビー球のことをそんなふうに言われるのが我慢できなくなった のです。しょうこが店にやってきて、もう三日目のことでした。

「何よ、そんなん言うんやったら、後で欲しい言うても絶対売ったれへんで!」

「誰がビー球なんかこうたるかい。面白くもきれくもなんともないやん。」

「きれいや!あたしん所のビー球の中には桜入ってんねんで?」

 

 

 はるなが叫んだとき、それまで好き勝手に喋っていたクラスの皆がはるなをじっと見ま した。男の子も、はるなを見つめました。

「うそつくなよ。ビー球の中に桜が入っとうなんて聞いたないで」

「・・・ほんまやもん。ビー球の中に桜の花びらが入ってんねん。もう少ししたらできる もん。」

 次の瞬間、はるなはクラスの皆からいっせいに質問されました。

「ほんまに入ってんの?綺麗?」 「それ何ぼすんの?」

 中にはウソだという子もいました。でもみんな、そのビー球に興味津々です。はるなは どうしようかと悩みました。でも、もしクラスみんなが買いに来てくれたら・・と思うと、 はるなは廊下にまで響くぐらいの大声で言いました。

「ほんまやで!透明なビー球の中に、桜の花びらが入ってんねん!あたしんところで百円 分ビー球買ってくれたら、一個プレゼントするで!みんな来てな!」

 授業が始まってからも、みんなは少しそわそわしていました。はるなは、自分があんな に大きな声を出せたことに、恥ずかしいやらびっくりやらで、いつかのように顔があつく てかないませんでした。

 

 

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