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  この角の向こう   →→↑→←

 

 ある街角に女の子がいました。女の子は生まれてこのかた一歩も角の向こうに行ったことがありません。角のこちら側は大きな建物の影になっていて、暗くて少しひんやりしています。女の子はいつもいつもそんな角のところに座って、おもしろくなさそうにしていました。

 そんな女の子を見て、ある日男の子が近づいてきました。
「ねぇ」
 男の子は女の子に聞きました。
「どうしてそこにじっとしているの?この角を曲がってごらんよ。楽しいことがたくさんあるぞ」
 ところが女の子は男の子のことをじろっとにらんで言いました。
「この角の向こうには何があるの?」
「だから嬉しくて、楽しくて、綺麗で、美味しくて、とっても素敵なことがだよ」
 男の子がいくら言っても、女の子はそこの角を動こうとしませんでした。男の子はどうにかしてこの女の子に、この角の向こう側を見てほしいと思いました。角の向こうはそれはそれはすばらしいところなのに!今日もいいお天気です。

 すると角の向こうから、ひげを生やしたおじさんがお花を一鉢持って歩いてきます。男の子は女の子に言いました。
「あのおじさんに、角の向こうはどんなところか聞いてごらんよ」
 女の子は角を曲がって歩いてくるひげを生やしたおじいさんに聞きました。
「この角の向こうには何があるの?」
 おじいさんは嬉しそうに笑うと、女の子に手にもった鉢の中を見せました。茶色い鉢の中には黒い土が入っていて、そこから小さな紫色の花が一輪、花を咲かせています。緑の葉っぱには水滴が一つ三つついていました。
「角の向こうにお花屋さんがあって、かわいらしいお花を咲かせているんだよ」
 おじいさんは花を抱えて向こうに歩いていきました。女の子が「ふぅん」と言いました。

 今度は角の向こうから、小さな箱を持った金髪の女の人と、大きな包みを持った黒髪の女の人が歩いてきます。男の子は女の子に言いました。
「あの女の人たちに、角の向こうはどんなところか聞いてごらんよ」
 女の子は角を曲がって歩いてくる、金髪の女の人と黒髪の女の人に聞きました。
「この角の向こうには何があるの?」
 女の人たちは楽しそうに笑うと、女の子に小さな箱と大きな包みの中身を見せました。小さな箱には綺麗なリボンがかけられていて、中にはキラキラひかる小さなチョコレートがころころと入っています。大きな包みは空けた瞬間に温かで美味しそうな匂いがぷん、と鼻をつき、大きな焼きたてのパンが入っています。
「角の向こうにはチョコレート屋さんとパン屋さんがあって、おいしいチョコレートとパンが並べられてあるのよ」
 女の人たちはチョコレートとパンを抱えて向こうに歩いていきました。女の子が「へぇ」と言いました。

 次に歩いてきたのはスケッチブックを持ったひょろひょろの若者でした。水色のベレー帽をかぶって、ひょろひょろと歩いてきます。男の子は女の子に言いました。
「あのひょろひょろの人に、角の向こうはどんなところか聞いてごらんよ」
 女の子は角を曲がって歩いてくるひょろひょろの若者に聞きました。
「この角の向こうには何があるの?」
 ひょろひょろの若者はひょろひょろと笑うと、女の子に自分のスケッチブックを見せました。女の子と男の子はスケッチブックをのぞき込みます。スケッチブックからは、淡い絵の具で描かれた楽しいお店や素敵なものやおいしい食べ物が、それはそれはたくさん詰まって今にもあふれ出そうでした。人がたくさん笑っています。鳥がたくさん飛んでいます。空は綺麗な水色です。
 そこはとてもとても素敵なところでした。
「角の向こうにはたくさんのものがあるさ」
 ひょろひょろの若者は満足そうにスケッチブックを抱えて、またひょろひょろと向こうに歩いていきました。女の子は何も言いませんでした。


 また、角には女の子と男の子だけになりました。男の子は女の子に言いました。
「この僕に、角の向こうはどんなところか聞いてごらんよ」


 女の子は自分の目の前にいる男の子を見上げて、言いました。
「あんたは何も持ってないし、それに角の向こうからは来てないわ」
「それもそうだ」
 男の子は言いました。そうして少し考え込むようにしてから、女の子の手を握り締めました。そうしてにっと笑います。
「じゃぁ僕は君の手を持って、今から角の向こうに行ってくるよ。ここに帰ってくるときは、きっと君、角の向こうが大好きになるぜ?」
女の子は「うん」と言いました。

 

 

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