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■■■

 

 人

 

  僕の家の近くに仙人様がいる。

 

 

なんてただの銅像のことだけど。そこは小さな公園で、隅っこのベンチのところに立っている鳥と人間を合体させたような銅像が仙人様。人鳥仙っていう名前なんだけど、僕は仙人様と呼んでいる。

 

      僕はよくこの公園に来て考え事をする。

 

 明日のことや昨日のこと。恐竜のこととか宇宙人のこと。そして空のこと。

僕は一日中色んな場所で色んなことを考えるけど、この仙人様の横、つまり公園のベンチが一番好き。友達と遊ぶよりも、一人で空を見上げて考えごとをしているほうが楽しいんだ。だから僕は仙人様のことをよく知っている。いつもいつも僕と同じように空を見上げているんだ。仙人様 も僕のことよく知っていると思う。

 仙人様には羽がついている。けれども仙人様は飛べないと僕は思う。 だからいつも空を見上げているんじゃないかな。僕と同じように。

「私は空を飛べるぞ」

「わ」

仙人様はいきなり喋った。今まで一度もそんなことなかったのに。僕はぽかんとして仙人様を見上げた。仙人様はいつもと変わらず空を見上げている。

「仙人様?」 

僕は恐る恐る声を掛けてみた。一人で銅像に話し掛けるのは少し恥ずかしい。

「私には人鳥仙と言う名前があったと思ったが。足元にかいてないか?」

確かに仙人様の足元には、人鳥仙と刻まれた石がある。

「まぁいい。お前がいつも私のことを仙・・なんちゃらと呼んでいたことは知っている。」

 どきん。僕は一度も、仙人様の前で仙人様なんて呼んだ事はない。僕が仙人様って呼んでいることはお母さんでも知らないのに。

「僕の心が読めるの?」 「心は読めないが、頭の中はみえる。」

 頭と心はどう違うんだろう。

「じゃぁどうして僕が毎日空を見上げているか知っている?」
「お前の心は分からんが、お前が空を飛びたいと考えている事は分かる。」
僕はどきどきした。仙人様は、僕のことちゃんと知っていてくれたんだ。

「どうして今まで話し掛けてくれなかったの?仙人様は空を飛べるって本当なの?」
「別に今までお前に何も言う事などなかったではないか。それに私が言ったことはお前覚えていないみたいだな。」
「わぁ本当に飛べるんだ」僕はワクワクしてきた。

「空ってどうやって飛ぶの?空を飛んだら気持ちいいの?空を飛んだら地面はどんな風に見えるの?」
仙人様は空を見上げたままで、僕の質問には答えてくれなかった。しばらくしてから仙人様は言った。
「お前はいつも昨日のことや明日のことは考えているが、今のことを考えたことはあるか?」

僕は考えた。今のことを考えるってどういうことだろう。僕が今考えている事はいつの事なんだろう。
「よく分からないよ。」 
仙人様は黙ったままだ。
「ならお前、今日だけ特別に私の弟子にしてやろう。」
「弟子?弟子って、仙人様の?本当に?」
僕は飛び上がりたくなるほど嬉しかった。だってお話の中では、仙人の弟子っていうのは、退屈なお話をたくさん聞かなきゃいけないけど、お師匠様から色々教えてもらえるんだ。

例えば、雲に乗って空を飛んだりとか。

「ここにいる鳩達は全員私の弟子だ。」

 公園にはいつもたくさんの鳩がいた。まさか全部仙人様の弟子だったなんて!

「そしたらどうやって空を飛ぶか教えてくれる?」

  仙人様は頷いた。僕の胸が高鳴る。鳩は何も知らないように、仙人様の周りを歩いている。

「お前、今、自分が鳩になったと思ってみろ。」

 僕は一生懸命考えた。もし、鳩になったら。

「もし じゃない。今、なるんだ」

 仙人様の声が小さくなる。今、今、僕が鳩になったら・・・・

 

わぁ・・・・

 

 仙人様が!仙人様があんなに大きく!すごい!僕が今まで見上げていた空より空がもっともっと高くなっている!あんなに高い空を、みんな飛んでいたんだ。僕は羽をばたつかせて、ジャンプしてみた。けれども、僕は飛べなかった。僕は一生懸命羽を動かした。だんだん疲れてくる。

 

「はは、元気のいい鳩がおる。」

 空から、いつもこのベンチに座って絵を描いている、絵描きのおじいさんの声がした。すると今まであんなに自分勝手に歩いていた鳩達が、いっせいに僕の方に集まってきた。絵描きのおじいさんは、いつものカバンから茶色い紙袋を取り出した。

「それそれ」

  おじいさんが、手をぱぁと広げて何かを投げた。まるで、花咲かじいさんみたいだ。僕はすすをかぶった。僕に花が咲いたら、飛べるようになるかな?

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 はとはとはとはと!鳩がいっぱい!僕は鳩にもみくちゃにされた。鳩達はしきりに頭を下げたり上げたりしながら、僕を押しのけていった。

「こらお前!くすぐったいやろ羽をどかさんかい!」

「さっき押したな。もうちょっとで糞にくちばし突っ込むところやったやないか!」

 

 僕は鳩の言葉がわかるようになっていた。鳩は頭をどんなに振っていても、とってもかんだかい声でくっくくっく怒鳴る。おじいさんは、僕らをよそに、いつも通り絵を描き始めた。僕は飛ぶ練習をしようとするけど、羽を広げる事も出来ない。僕の羽にパンくずが着いていたらしく、一匹のデブッチョな鳩が、僕のわきっ腹を突いた。

「いたっ!」

 僕が叫ぶと、その鳩はくちばしをかちかちいわせながら、僕に言った。

「お前がぼーっとしてるからやろ。もっと一生懸命せんと、何にも食われへんで。食われへんかったら生きていかれへん。分かるか?」

「違うよ、僕はちょっと考え事を・・・。どうやったら飛べるんだろうって・・」

鳩は聞いていない。なんて奴だ。自分から話し掛けておいて。僕は鳩を無視して、とにかくこの場を離れようと、周りを見回してみた。でも見回しているそばから他の鳩に押されて、僕はどんどん流されていく。こんな中では、おちおち考え事も出来やしない!仙人様も何も言ってくれないし、僕はどうしたらいいんだろう。

 

 その時、騒ぎが一段と大きくなった。今度は何だ?すずめだ。

 

「ぴちく、あんさんらわてらにもちょいとわけてぇな」

「何やすずめっこ。お前等に渡すパンなんぞひとかけらもないわい。とさかに血ぃ昇る前にさっさとどっか行きや。」

「ちちち、とさかやのうて脳みそに血まわしたらどないどす?」

 すずめと鳩がケンカを始めた。くっくくっくっぴちぴちあぁうるさいうるさい!

 

 

 

 

・・でもこれはこれで・・・

            結構楽しいかも・・・。

 

 あれっ、いて。うわぁ・・・。何だろう。急に空が暗くなった。今日雨フルなんていってたかな?

「あ・・・」

 か、からすだ!え、何だか凄く怖い眼・・・。もしかして何か僕悪い事したかな?

「お前邪魔だ!さっさとそこをどけ!」

 うわぁぁっ。ちょっと待って!そんな急に言われても。僕、今何も考えてなかった。だって空が・・・・。

 

 

 

 僕は分かった。どうして鳩達は空が飛べるのか。仙人様が言っていた空の飛び方。それは・・・

 

 

今を生きること

今を生きること

今を一生懸命生きること

 

 

その日から僕は、今生きることを一生懸命考えることにした。

 

  おしまい

 

 

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