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降る

 

 花
降る

 

 

 降 る ・ ・ ・

 

 

 

花振る、花振る。花は海に山にしみていった。
赤い花びらがしずしずと振る。桜色の雨もしずしず降る。
夕立である。傘の上に花びらが積もる。
花は何かに触れると水となった。さわさわと振る花に吹かれて、私は気持ちがよくなった。

「こうやってね。」
 子供が言う。
「口をあけてごらん。」
そして大空に向かって大きな口をあけた。何もかも食べてしまう。そんな感じがした。

 私にはまだためらいがあった。だから上だけ向いてみた。花びらが天から振りそそぐ。
いつのまにかぽっかり開いた口の中に、ピンクの花びらが、一枚ふわりと入ってきた。
はなびらは唇に触れた瞬間、ぴしゃんと水に変わった。花の水が私の口を潤した。
桜の花びらだった。そして普通の水だった。

「苺味でしょ?」
子供が聞く。
「ううん。普通の水だよ。」
子供がしーっと口に手を当てた。
「知ってるよ。でもね、みんなそんなことは言わないんだ。
いったら、あの人は何も感じない普通の人だって思われちゃうの。」
 子供はにっこり微笑んだ。
「僕のは何味だったと思う?」
 私はわからない、と首を振った。
「赤い花びらだ。すっぱかった。」
 私もにっこり笑った。
「苺でしょ?」
 あたり、と子供は大きな声で笑った。

 

 私達はしばらく花の雨を口で受け止めた。
「お姉ちゃんの何味?」
 子供が聞く。
「私の?」
私は少し考えて口の中をなめまわした。

 

「私のはね。」


 子供は面白そうに私の目を見る。
「夕日の味がした。」

 子供は満足そうにうなずいた。
「美味しかったよ。」

 花はまだ降り止まない。

 

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